久しぶりのコラムネタはちょっと重たい、BCPに関する話です。
南海トラフの“半割れ(東側 (遠いほう) 先行)”想定が防災計画で目立ちます。しかし、歴史はそれだけでは語れません。過去の地震史料をたどると「広域で同時に大規模破壊が起きるケース」も多く、BCP(事業継続計画)を“特定のシナリオ”に寄せることは致命的です。では、過去は何を教えているのか――史料に基づく簡易集計と、その意味を読み解きます。
(1)まず事実を押さえると、南海トラフ沿いの大地震は古記録や津波堆積物の研究から数世紀〜千年規模で繰り返してきました。684年、887年、1498年、1605年、1707年、1854年、1944/1946年など、記録に残る主要事例は複数あります。公的な整理では、“東側先行の続発”パターンもある一方で、駿河湾〜四国沖にかけて同時に大規模に破壊した事例(いわゆる全域連動)も少なくないとされています。防災ポータル+1
(2)私が史料ベースでクラスタ化して簡易集計すると(684年〜1946年の主要エピソードを9クラスタと見なす)――**同時(広域連動)がおよそ55〜67%、東側先行(いわゆる半割れ)は約33〜44%**というレンジになります(史料解釈の違いで割合は動きます)。要するに、「半割れだけが圧倒的に多い」は史料が示す厳密な結論ではありません。防災ポータル+1
(3)だから何をすべきか。BCPは シナリオ依存から機能依存へ シフトさせるべきです。具体的には(A)命と主要顧客対応機能を最優先に定義する、(B)複数シナリオ(東側先行/同時破壊/西側先行/直下型)で「止めては困る業務」と復旧優先度を並べる、(C)初動後に“続発・連鎖”が来ることを想定した資源温存ルールを設ける──これらはすべて史料が示すリスクの多様性に対応する実務です。気象庁
過去の傾向を見ると、南海トラフに関するBCPで「半割れ」に過度に寄せることは賢明ではありません。まずは自社の“致命業務”を起点に、複数の発生様式で動くBCPチェックリストを作ってください。最後にもう一度念を押すと、史料は少なくサンプルも小さいため「確率の絶対値」を示すことはできませんが、“偏った想定”(東側先行のみ)をやめ、並列想定と段階設計に切り替えることは、すぐに実行できる合理的な対策です。防災ポータル+1
参考(出典・主要資料)
「南海トラフで過去に発生した大規模地震について」資料(内閣府・中央防災会議まとめ)。防災ポータル
地震調査研究推進本部(南海トラフの地震活動の長期評価等)。地震本部
気象庁「南海トラフ地震について」解説(過去事例のまとめ)。気象庁
学術論考(例:1099年康和地震の実在性をめぐる議論:石橋克彦ほか)。
- 歴史記録(684年〜1946年までに記録された南海トラフ関連の主要地震群)をクラスタ化して分類すると、「東側先行(=半割れの一パターン)」が占める割合は歴史的に決して圧倒的ではない。むしろ「広域同時破壊(全域連動/同時発生)」もかなりの頻度で起きています。防災ポータル+1
- 史料の解釈や学術的議論(例:1099年康和地震の扱いなど)によって結果は変わるため、「半割れだけ想定」ではBCPは外れるリスクが高い。histeq.jp
方法
- 史料ソース(公的まとめ・学術レビュー)に載る「過去に起きた南海トラフ関連の大地震年表」をベースに、**時期が近接するものは一つの“クラスタ(エピソード)”**としてまとめる。データ元の代表は地震調査研究推進本部/内閣府の取りまとめおよび気象庁解説。防災ポータル+2地震本部+2
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各クラスタを次の発生様式に分類:
- 同時(広域連動/全域同時)
- 東側先行 → 西側後発(東側先行=“半割れ”タイプ)
- 西側先行 → 東側後発(歴史的に明確な例は少ない)
- 不確定 / 学術的に議論あり(史料解釈の余地)
- 小サンプルかつ史料の不確実性が大きい点は明確に示した上で、クラスタ単位で頻度を算出する(頻度=クラスタ数に対する割合)。
(注)1099年康和地震や一部古史料については研究者間で解釈差があり、分類を変えると割合が動く点は後述します。histeq.jp
史料に基づく「クラスタ一覧」と分類
(対象:歴史的にまとまって議論される主要クラスタ。出典:地震調査研究推進本部・内閣府資料、気象庁の年表整理等)防災ポータル+1
No. | 年(代表) | 分類(今回の割当) | 備考 |
---|---|---|---|
1 | 684 白鳳 | 同時(広域) | 古史料+堆積物研究で南海域大規模。防災ポータル |
2 | 887 仁和 | 同時(広域) | 同上。防災ポータル |
3 | 1096–1099(永長・康和) | 東側先行 → 西側後発(序列)(※史料・解釈差あり) | 1096が東側(東海領域)寄り、1099が南海側。学説に議論あり(1099実在性の指摘など)。防災ポータル+1 |
4 | 1361 正平(東海・南海) | 東側先行(数日〜数日級の続発) | 同年内に東海→南海系の続発とする研究が多い。防災ポータル |
5 | 1498 明応 | 同時(広域/連動) | 文献・堆積物で広域連動の可能性。地震本部 |
6 | 1605 慶長 | 同時(広域/津波地震的特徴) | 津波痕跡が顕著、広域の津波発生。防災ポータル |
7 | 1707 宝永 | 同時(広域・全域連動) | 駿河〜四国沖にかけてほぼ同時破壊の代表例。気象庁 |
8 | 1854 安政(東海 12/23 → 南海 12/24) | 東側先行(30時間差) | 歴史記録で明確な東側先行の続発例。防災ポータル |
9 | 1944–1946 昭和(東南海→南海 2年差) | 東側先行(数年差) | 近代観測で東側先行の続発が確認された例。防災ポータル |
出典(一覧の根拠):地震調査研究推進本部/内閣府・南海トラフ関連まとめ、気象庁の解説・歴史資料整理。いずれも過去の地震年表・津波痕跡・文献資料を総合している。防災ポータル+2地震本部+2
集計(クラスタ単位) — 結果
上表を「クラスタ=9件」として分類すると(※下は“代表的な史料解釈”に基づく):
- 同時(広域連動)… 5 / 9 = 55.6%(684, 887, 1498, 1605, 1707)防災ポータル+1
- 東側先行(半割れパターン)… 4 / 9 = 44.4%(1096–1099, 1361, 1854, 1944–46)防災ポータル
- 西側先行…歴史的に明確に西側が先行したと判定できるクラスタはほとんど確認されない(史料の偏りと解釈の難しさによる)。気象庁
重要な補足(不確実性)
- 1099年康和地震の実在性や、1096/1099の扱いについて学者間の議論があり(「1099は独立の南海事象とは判断しない」という見解もある)、それを採ると分類は変わります(下に示す代替シナリオ参照)。histeq.jp
代替シナリオ(学術的不確定性を反映)
代表的な“分類の分かれ目”は 1096/1099 の扱いです。
- (A)従来の一覧どおりに1096と1099を別クラスタと見る(上の集計) → 同時 55.6% / 東側先行 44.4%。防災ポータル
- (B)1096を「広域破壊(全域型)」として扱い、1099は独立事象と見ない(石橋らの指摘に近い解釈) → すると「同時(広域)」がさらに増え、同時 6/9 = 66.7%、東側先行 3/9 = 33.3% といった比率に変動します。histeq.jp
→ つまり “史料解釈の取り方”で割合は大きく変わる。サンプル数が小さく、かつ史料にバイアス(地域差や記録欠落)があるため、確率値は「厳密値」ではなく歴史傾向の目安として扱うべきです。防災ポータル+1
解釈(BCPに対する示唆)
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半割れ(東側先行)だけで作るBCPは危険
- 歴史上、同時広域破壊も頻度が高く出ており(上の集計)、東側先行に“だけ”依存した復旧/拠点設計は外れるリスクが高い。防災ポータル
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“二段階(フェーズ)での想定”が現実的
- 初動:人命確保・被害把握(想定はどのパターンでも共通)
- 続発リスク期:初動後にさらに別セグメントで大地震が来る可能性(数時間〜数年の幅)を前提に資源を温存・再配備する設計が必要(例えば、救援装備・代替通信・人員シフトの留保)。気象庁
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直下型/地域限定(会社の所在地直下)に対する備えも必須
- 南海トラフ以外の直下活断層や局地的震源で“局所致命”的ダメージが発生する可能性は常にあり、これもBCPで並列想定する。地震本部
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実務的チェックリスト(短め)
- 複数シナリオ(東側先行/西側先行/同時破壊/直下型)でそれぞれの「致命的業務」と代替手段を明確化。
- 初動→短期(72時間)→中期(数週間)→長期(数か月)で必要資源を定義・温存。
- 拠点分散(最低限の業務を維持する別拠点・クラウド)と、人的ローテーション(初動にリソースを偏らせ過ぎない)。
- 想定外の可能性を検証する「逆シナリオ訓練」:普段想定していない西側先行や同時破壊をメニューに含める。気象庁