前回のコラム([https://mic.or.jp/info/2025/09/15/bcp/])では、南海トラフ地震の事業継続計画(BCP)が「半割れ」(東側先行の時間差発生)に偏重しがちな問題点を指摘しました。歴史的事実を振り返ると、同時広域発生が55〜67%と最も多く、半割れは33〜44%程度の頻度に過ぎません。 それでも、多くの防災計画がこの「特殊パターン」に寄りすぎるのはなぜでしょうか? 今回は、発生確率の観点から深掘りします。政府の地震調査研究推進本部(地震本部)の最新評価では、2025年9月の見直しにより、30年以内の発生確率が「60〜90%程度以上」または「20〜50%」と併記され、従来の「80%程度」から変更されました。 しかし、この数字の本当の意味を理解すれば、BCPの優先順位が変わるはずです。公的資料を基に、確率のカラクリを紐解き、過剰な恐怖を避けた現実的な備えを提案します。
30年80%の“本当の意味”:長期評価の背景と計算方法
南海トラフ地震の「30年以内に80%程度発生」という数字は、耳に残るインパクトがあります。地震本部の長期評価によると、これは過去の発生間隔(約90〜150年)と経過時間(直近の1944〜46年昭和地震から約80年)を基にした推定です。 具体的には、ポアソン過程や時間依存モデルを用いた統計的計算で、累積確率として算出されます。2025年9月の見直しでは、計算方法を2つ併用し、「60〜90%程度以上」(従来型)と「20〜50%」(新手法)を示すようになりました。これは、過去データの解釈の多様性を反映したもので、地震本部は「大きな地震が起きる可能性は少しずつですが高まっていきます」と解説しています。 この確率は、決して「毎年80%」ではなく、30年間のどこかで発生する累積値です。内閣府の防災情報ページ([https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/index.html])でも、こうした長期評価の限界が指摘されており、短期予測の難しさを強調しています。では、今日起こる確率は? 単純に80%を30年(約10,957日)に均等割り振ると、1日あたり約0.0073%となります。明日来る確率も同様に0.0073%。 さらに、1週間なら? 各日の独立確率を掛け合わせ、累積すると約0.051%。これは、宝くじの1等当選確率(約0.005%)に近い低さです。この確率は決してゼロではなく、「いつ来てもおかしくない」可能性を示しますが、今日・明日のような短期予測は不可能です。地震本部の資料では、「発生確率値は、地震発生の可能性の相対的な大小を示す目安」とされ、絶対値ではないと警告しています。 このギャップが、確率の誤解を生むのです。例えば、NHKのQ&A記事([https://www.nhk.or.jp/news/html/20250926/k10014932871000.html])では、「80%程度からなぜ変わったか?」を詳解し、新手法の導入で確率の幅が広がったと説明しています。 歴史的に、南海トラフ地震は1400年間で約90〜270年の間隔で繰り返しています。過去の事例として、887年の仁和地震、1096年の永長地震、1361年の正平地震、1498年の明応地震、1707年の宝永地震、1854年の安政地震、1944-46年の昭和地震が挙げられ、これらの間隔から確率を推定しています。 地震本部の長期評価ページ([https://www.jishin.go.jp/regional_seismicity/rs_kaiko/k_nankai/])では、これらのデータが詳細に記載されており、プレート境界のひずみ蓄積メカニズムを基にしたモデルが用いられています。
半割れ直後:確率が“跳ね上がる”瞬間と歴史的事例
ここで、前回の「半割れ」の話に戻ります。半割れとは、想定震源域(駿河湾〜四国沖)の東側か西側が先にM8級の地震を起こし、数日〜数年後に残りが連鎖するケースです。歴史的に、安政東海地震(1854年)と安政南海地震(32時間後)、昭和東南海地震(1944年)と昭和南海地震(2年後)で確認され、被害の「二段構え」が特徴です。 内閣府の南海トラフ地震対策ページ([https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taio_wg/pdf/h300412shiryo03.pdf])では、こうした事例を基に、「東側の領域で発生した大規模地震の直近2事例では、それぞれ32時間後、2年後に西側で発生」と記述されています。 この直後、残り領域の発生確率は急上昇します。政府の被害想定では、半割れ発生後1週間以内に後発地震(M8以上)の確率が平常時の100〜3600倍に達する可能性が指摘されています。 具体的に、半割れケースでの1週間以内発生頻度は、過去103事例中7例で約6.8%、3年以内では最大96%の試算もあります。 J-STAGEの論文([https://www.jstage.jst.go.jp/article/eqj/2024/77/2024_60/_pdf/-char/ja])では、「東海側と南海側のセグメントが2年程度以内の時間差で立て続けに発生した事例が複数」と分析され、連続発生の統計的確率を詳述しています。 ただし、仮に100倍上がったとしても、1週間の累積確率は約5%ほどでしかない。この確率で社会活動を止めてしまうほうが問題でしょう。気象庁の南海トラフ地震関連情報(臨時)のイメージ例として、「今回の地震から1週間程度、南海トラフの大幅地震の発生可能性が平常時に比べて相対的に高まっている」との引用があります。 やるとすれば、周辺のバックアップサイトの備蓄状況を確認し直すくらい。BCPの盲点はここ:初動後の資源温存を怠ると、二撃目で事業が止まるのです。内閣府の資料では、半割れ後の社会状況として、津波警報による交通停止、ライフライン中断、避難所混雑が想定され、企業はこれを念頭に計画を立てる必要があります。 過去9事例のうち4つが半割れに該当し、全割れ(同時発生)が残りです。 例えば、宝永地震(1707年)は全割れでM8.6、広域被害を引き起こしました。これらの事例から、確率上昇は統計的経験式に基づき、時間とともに減少するとされています。
天気予報10%の雨:あなたはどうする? 地震版のジレンマとダメージの違い
この確率を、天気予報に置き換えてみましょう。降雨確率10%の予報が出たら? – 外出を控える? → 滅多にないですよね。日常生活を止める人は少ないはずです。 – 傘を持つ? → 多くの人がそうするかも。軽い備えとして合理的。 – 空をうかがう程度? → 現実的。様子を見ながら対応。 – 気にしない? → 楽観派。リスクを無視する選択。 日常の雨は「濡れるだけ」のダメージですが、南海トラフは死者32万人、経済被害220兆円級の破壊力です。 内閣府の被害想定報告([https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku_wg/pdf/20130729_nankai.pdf])では、最大震度7の広域揺れ、津波高30m超の地域も想定され、企業への影響はサプライチェーン断絶、施設崩壊、人員不足に及びます。だからこそ、0.007%でも無視できない。ですが、過剰対応は無駄を生みます。 例えば、半割れネタを「飯のタネ」に過度に煽る風潮――メディアや行政が予算確保のため数字を強調し、「80%の恐怖」を繰り返す構図です。実際、確率見直しでも「水増し疑惑」が浮上し、国民の疲弊を招いています。 日経新聞の記事([https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG185Y50Y5A910C2000000/])では、見直しの背景として「想定の多様性」を挙げ、過度な警戒を避けるよう促しています。 最近の防災トレンドを見ると、こうした「恐怖マーケティング」が増え、SNSで「明日来るかも」と拡散される始末。誰が広めているか? 主に報道機関と自治体ですが、根は善意の啓発。ただ、結果としてBCPが「パニック対策」偏重になり、本質(複数シナリオの柔軟性)を見失う問題です。大同生命の調査([https://www.daido-life.co.jp/company/news/2024/pdf/240826_news.pdf])では、BCP策定企業が12%に増加した一方、「地震」が最多リスク(62%)で、南海トラフ地域で懸念が高いと指摘。「BCP策定にはより細かな自社分析が必要」との声が上がり、過剰ではなく不十分な備えが課題です。 この風潮は、別途深掘りしたいトピックですが、まずは「確率の正しい読み方」が鍵。公明新聞の記事([https://www.komei.or.jp/km/tanaka-masaru-hiroshima/2025/10/15/063414-2/])では、見直しの理由を「新たな研究を踏まえ」と説明し、冷静な対応を呼びかけています。
BCPの正解:過剰じゃなく、“適度な備え”とBCMの運用重視
結局、80%は「備えろ」の合図。でも、今日0.007%の確率で会社を止めるのは非効率。BCPは前回提言の通り、半割れ偏重を避け、同時発生や直下型も並行想定を。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの報告([https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2025/02/crisis-management_01.pdf])では、「自然災害の激甚化を踏まえ、BCPを高度化し、オールハザード型を整備」と勧告。「被害想定を実態に即して引き上げた上、再整備を」との引用が、過剰対応の課題を指摘しています。 具体的には: – **初動フェーズ**:人命・通信確保(アプリや無線備え)。内閣府ガイドライン([https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/pdf/guideline01.pdf])を参考に、安否確認システムを導入。 – **続発フェーズ**:半割れ後1週間の資源留保(予備電源・代替拠点)。気象庁アプリ([https://www.jma.go.jp/jma/kishou/app/index.html])で監視。 – **日常チェック**:天気予報のように「空をうかがう」習慣。定期訓練で運用。 それ以外の日常活動は、その程度の確認で済むように長期的なBCM(事業継続マネジメント)をしておくこと。BCMとは、計画策定だけではなく、運用と管理が重要であり、すでに多くの企業がそのフェーズに入っているはずです。PwCの記事([https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/risk-consulting/earthquake-bcp.html])では、南海トラフの想定被害を基に、「要員確保や事業継続の計画自体が機能しなくなるリスク」を警告。 過剰は無駄、不足は致命。確率のカラクリを知れば、冷静なBCPが描けます。あなたの会社は、どのパターンに強いですか? 今すぐチェックリストから始めましょう。経産省のBCPガイド([https://www.meti.go.jp/policy/anzen_anshin/bcp/guideline.html])を活用し、無駄のない備えを。
(参考:地震本部、内閣府、気象庁資料。)