細分化の罠:高度化社会でSDGsが直面する断片化の影

前回の導入編では、伊勢神宮の式年遷宮をメタファーとして、SDGsの不変性と進化のバランスを探りました。1300年の歴史の中で、20年ごとの再生サイクルが持続可能性を体現する姿は、SDGsに新たな視点を与えます。しかし、現代社会は急速に高度化し、細分化が進んでいます。かつては一人の職人がモノづくりの全体を把握できた時代から、今では専門領域が細かく分かれ、全体像が見えにくくなっています。この変化は、コミュニケーションの壁を高め、社会システムの更新を難しくしています。本回では、そんな「細分化の罠」を分析し、SDGsの目標がどのように散逸するかを探ります。式年遷宮の「全体再生」の視点から、このような急激な高度化社会で学べるものはあるのか? 結論は次回に持ち越し、まずは問題の影を深掘りしましょう。

高度化社会の細分化の罠:モノづくりとコミュニケーションの視点

1960年から1990年頃までのモノづくり時代を振り返ってみましょう。この時期、日本をはじめとする先進国では、製造業が急速に発展しました。例えば、自動車や家電製品の生産ラインでは、一人のエンジニアや職人が設計から組み立て、テストまでを上流から下流まで把握することが可能でした。経験豊富な「多能工」が現場を統括し、問題が発生しても即座に全体を調整できたのです。この時代、知識の共有は対面中心で、コミュニケーションの壁は低く、チームの結束が強みでした。

しかし、21世紀に入り、技術の高度化が加速しました。AI、IoT、ナノテクノロジーなどの進歩により、プロセスが極度に細分化されています。現在、半導体製造やソフトウェア開発では、専門家が狭い領域(例: 回路設計、材料科学、プログラミング言語の特定部分)に特化し、一つのモノづくり全体の現場を経験したベテランが減少し、全体把握が困難になっています。各専門現場ではベテランが存在しますが、端から端までの全プロセスを横断的に経験した人がごくわずかです。この結果、管理者が取りまとめるのが難しくなり、プロジェクトの遅延や品質低下を招いています。

こうした細分化を乗り越えてきた仕組みとして、プロジェクトマネジメントツール(例: AgileやScrum)の導入や、クロスファンクショナルチームの構築が挙げられます。これらは、専門家間の連携を促進し、全体像を共有するための工夫ですが、急激な高度化では限界も露呈しています。次に、こうした仕組みがSDGsの文脈でどう機能するかを考えつつ、歴史的例を見てみましょう。

細分化の歴史的例として、輪島塗の生産体制を見てみましょう。輪島塗は、石川県輪島市で生まれた漆器で、江戸時代にその技術が確立しました。当時、生産拡大に伴い、分業化が進みました。主に「輪島六職」と呼ばれる木地師(椀木地、指物木地、曲物木地)、塗師、沈金師、蒔絵師に分かれ、各工程を専門家が担う仕組みです。これは、模倣品の出回りを防ぎ、技術流出を抑える効果もありました。取りまとめ役の「塗師屋」が全体を管理し、品質の統一を図っていたのです。(井元産業: 輪島塗とは?分業制が支える受け継がれる匠の技輪島塗: 輪島塗が躍進した歴史とは?輪島漆器商工業協同組合: 輪島塗の歴史 )輪島塗の分業は、専門化による効率向上とブランド保護を実現しましたが、現代ではグローバルサプライチェーンやデジタルツールの導入で、さらに複雑化しています。取りまとめの難易度が上がっているのです。

この細分化の弊害は、コミュニケーションの観点からも顕著です。最近の議論として、「三壁問題」が注目されています。これは、認知・表現・理解の三つの壁が、専門家間のやり取りを阻害するという概念です。例えば、第1回ではAIの限界と人間の確認会話の重要性が指摘され、第2回では専門家と一般人のギャップ(例: 医療やIT分野)が、第3回では共通未知の領域での想像力不足が議論されています(三壁問題第3回:三壁問題第2回:三壁問題第1回:)。高度化社会では、これらの壁がモノづくり現場で顕在化し、指示ミスや誤解を増やします。リモートワークの普及により、対面でのニュアンス共有が減少し、さらなる断片化を助長しているのです。

時代モノづくりの特徴課題
1960-90年代1人で全体把握可能、多能工中心技術の停滞リスク
現代高度化・細分化、専門特化全体管理の困難、コミュニケーション壁
輪島塗例江戸時代の分業化(六職)管理者の負担増、現代の複雑化

このように、急激な高度化は社会システムの更新を妨げています。過去のコミュニケーションがスムーズだった時代から、今の断片化された世界へ――この変化は、持続可能な発展を目指すSDGsにどのような影を落としているのでしょうか?

SDGsが直面する断片化の影:目標の散逸と仕組みの課題

SDGsは、17の目標と169のターゲットを統合的に扱う枠組みですが、高度化社会の細分化がこれを脅かしています。目標は包括的ですが、実際の実施ではセクター別(例: エネルギー、農業、教育)に分断されやすいのです。Goal 9(産業と技術革新の基盤をつくる)とGoal 13(気候変動に具体的な対策を)が連携すべきところ、技術の専門化で孤立し、散逸が発生します。例えば、AIを活用した気候モデルは高度化していますが、開発チームの細分化により、環境影響の全体評価が遅れるケースが見られます。

この断片化の背景には、モノづくり同様のコミュニケーションの壁があります。三壁問題の第2回で指摘されるように、専門家主導のプロジェクトでは、一般ステークホルダー(市民や政策立案者)の理解が追いつかず、参加が疎かになります。SDGsの進捗報告書でも、2023年時点で目標達成率が15%程度と低く、資金不足や不平等の拡大が指摘されていますが、これに細分化の影が加わっています(国連SDGs進捗報告書2023)。日本企業の場合、SDGs取り組みが部署別に細分化され、社内連携が不足する例も少なくありません。

輪島塗の分業アナロジーを当てはめると、SDGsも当初は統合を目指しましたが、現在はターゲットの細分化で全体像が見えにくい。Goal 4(質の高い教育をみんなに)のサブターゲット(デジタル教育など)が高度化する中、取りまとめの難易度が上がっています。三壁問題の第3回で議論される想像力不足は、SDGsの未来志向プロジェクト(例: 持続可能な都市開発)を停滞させます。共通未知の領域で、専門家間の壁がイノベーションを阻害するのです。

SDGs目標例細分化の影響コミュニケーション課題
Goal 9: 産業革新技術レイヤーの専門化で連携散逸認知の壁(専門知識ギャップ)
Goal 13: 気候変動データ細分化で全体評価遅れ表現の壁(用語の複雑さ)
Goal 4: 教育デジタルツールの分断理解の壁(想像力不足)

社会システムの更新視点から見ると、SDGsの仕組み自体が陳腐化のリスクを抱えています。急激な高度化で、目標の再構築が追いつかないのです。この断片化の影は、SDGsの持続可能性を脅かしていますが、解決の糸口はどこにあるのでしょうか?

式年遷宮の全体再生視点:学べるものはあるのか?

ここで、式年遷宮の視点に戻ってみましょう。式年遷宮は、20年ごとの全体再生で、細分化された職人技術(宮大工、彫刻師、装飾師など)を統合します。輪島塗の分業管理のように、各工程を専門化しつつ、サイクル全体で統一を図る仕組みです。江戸時代の中断期を乗り越え、現代に適応した点は、高度化社会の参考になるかもしれません。

コミュニケーションの壁についても、式年遷宮の参加型儀式(お白石持行事など)が、ステークホルダーを巻き込み、理解を促進します。三壁問題の課題を、こうした全体再生の精神で乗り越えられるのか? SDGsに適用すれば、細分化を超えた統合が可能かもしれません。

このような急激に高度化が進む社会で、式年遷宮から学べるものはあるのか? 次回では、細分化を超えたSDGsの統合と進化モデルを探ります。あなたの現場で、細分化の罠をどう感じますか? 伝統の叡智が、現代の影に光を当てるヒントになるかもしれません。

(参考文献:上記リンク参照。シリーズ次回をお楽しみに!)

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