AI活用のカギ、コミュニケーションのカギは「言葉の統一」AI活用のカギ、── AIの迷宮から、私たちの社会へ


AIとの「言葉のズレ」から見えるもの

先日、CP/M‑86(1980年代の16ビットPC向けオペレーティングシステム)をテーマに、生成AIによる「アキネータ風ゲーム」の挑戦記事が公開されました。 (mic.or.jp) この試みでは、「それは手に持てるものか?」「電子機器か?」などと質問を重ねる中で、AIは物理的な装置・電子機器を前提とした推理路線に偏り、最終的には「レトロ電卓」や「ポケットコンピューター」をイメージしてしまいました。実際の答えは、発売当時、箱売りしていたソフトウェアであるCP/M-86。質問・回答者双方の“手に持てる”かどうかの言葉の前提が揃っていなかったため、見事に堂々巡りに陥ったのです。 (mic.or.jp)
このエピソードは単なる遊び話ではなく、私たちがAIと向き合ううえで、また人と人との関係性を構築するうえで、極めて本質的な「言葉と定義のズレ」という課題を浮き彫りにしています。言葉の定義・共通認識(コモンセンス)が共有されていなければ、知能も協働も成立しえない──この視点を、あらためて本稿では考えてみたいと思います。

本質:言葉の定義が揃わないと、知能も協働も成立しない

私たちが日常的に使う「言葉」。例えば「手に持てる」「電子機器」「装置」「デバイス」「ソフトウェア」といった語は、ほとんど無意識のうちに前提を共有しているように思えます。しかし、AIへの問いかけで起きたように、前提が少しずれるだけで認識の歪みが生まれ、議論も推理も迷走してしまうのです。
AIモデルは人間のように「意味」を直感的に捉えているわけではありません。むしろ、入力に対して統計的・確率的に最も妥当と思われる応答を返す仕組みです。従って、質問・回答双方の前提が揃っていないと、「言葉の定義」が異なったまま会話(あるいは推理)が進んでしまう。結果として、思考や協働に齟齬が生まれます。

興味深いのは、この構造がAIとの間だけで起こるものではなく、私たちの組織・チーム・社会構造の中でも頻繁に発生しているという点です。言葉が曖昧、もしくは定義が人によって異なるまま使われていれば、意思疎通は困難となり、「共有できたはずの目的」がズレてしまいます。
つまり、AIとのやり取りで検出された「言葉のズレ」は、我々人間が社会的な協働をする際にも本質的に起こっているのです。

現実の3つのシーンで起こる「言葉の非統一」問題

それでは、この「言葉の定義・統一」がどのような日常のシーンで現れうるか、具体的に3つ挙げて考えてみます。

ビジネスコミュニケーション

社内で「プロジェクトを進める」「納期を守る」「仮説を立てる」といった言葉を用いた場面を想像してください。ある開発チームでは「納期=完成報告日」「完成=ユーザー検証を終えた状態」と定義されていた一方、別の部門では「完成=機能実装+内部テスト完了」という解釈だったとします。そのギャップが、表面上は「同じ言葉」を使っていても、成果や報告のタイミングで“思ったもの”が揃わなかったという状況を生みます。「プロジェクトを進める」と言った時に、A側は“仕様決定”を想定し、B側は“リリース準備”を想定していた…というズレです。
このような状況を象徴的に描いたのが、まさに旧約聖書にある バベルの塔 の物語です。人々が“言葉”で話しながらも、その意味が統一されていなかったため、建設は途中で崩壊しました。言葉の定義が一致していないと、協働の基盤そのものが揺らぐというメタファーとして、ビジネスの現場でも非常に示唆的です。

教育・学習

教師が「理解しましたか?」「この概念を暗記してください」と言ったとき、学生と教師とでは「理解」「暗記」の定義が食い違っていることがあります。教師側では「自分の言葉で説明できる状態」、学生側では「テストで点が取れる状態」を指すと捉えている、というケースが典型です。ここでも、言葉の定義がそろっていなければ教育成果は予期せぬズレを起こします。
たとえば、「演習問題を通して“理解”してください」と言っても、教師が想定する“理解”は「応用できる」ことであり、学生がイメージしている“理解”が「丸暗記できる」ことであれば、演習を終えた段階で教師は「理解できた」と評価しても、学生側は「覚えきれていない」と感じている可能性があります。つまり、コミュニケーションが通じていると思っていても、定義が異なっていればすれ違いが起こるのです。

AI開発・活用

先述のCP/M-86の事例に戻ると、AIと人間の間にある“手に持てる”“電子機器”という前提が異なったため、AIはソフトウェアであるCP/M-86を“物理的な装置”と誤認しました。(mic.or.jp) これは、AIモデルが提示された質問の「前提」を人間が想定するそれとは別のものとして受け止めていたということを意味します。
AI活用において「モデル側が何を前提としているか」「人間側が何を前提としているか」を明確にしなければ、プロンプト設計・仕様定義・実装ともにミスが発生しやすくなります。例えば、「ユーザーが“保存”したいもの」と言ったとき、モデル側では“クラウド上”を前提していて、人間側は“ローカルファイル”を想定していた…というズレが出れば、期待する出力は得られません。
このように、AIとのインタラクションもまた、言葉の解像度と定義の一致を前提としなければ、協働は成立しないのです。

どうすればよいか:共通言語を意識的に整備する

では、言葉の統一をどう進めていけば良いのでしょうか。以下に具体的なアプローチを示します。

  1. 言葉の定義を共有する文化を作る
     – プロジェクト開始時やチーム合流時、重要用語(例:納期、完成、仕様、理解)の意味を全員で確認・記録する。
     – 曖昧な言い回しを避け、具体的な定義(「納期=社外リリース日/機能完了+検証完了」など)を文書化する。
  2. 曖昧な表現を避け、概念を言語化・記録する
     – 文書や会議録には、「この言葉では〜を指す」という注釈を付ける。
     – 共有辞書・用語集をチーム内部で整備し、更新履歴も記録する。
  3. AIとのやり取りでも、定義を共通化する
     – プロンプト設計時、「ここでの“保存”とは、クラウド上の永続ストレージを指す」といった説明を加える。
     – モデルの応答が意図とずれていた場合、「この言葉では〜を意味していた」という前提を明示して再設計する。
  4. 定期的に「言葉のズレをチェック」する機会を設ける
     – チームレビューやAI活用レビューの場で、言葉の定義が変化していないかを確認。
     – 新しい概念・技術が入り込んだときには、その都度用語を再整理する。

このように、言葉の統一をただ目指すのではなく、むしろ「言葉を明文化し、共有・検証・更新するプロセス」を組織やプロジェクトに組み込むことが重要です。

このサイトの役割:共通言語の基盤づくり

このサイトでは、以下の三つの提供価値を掲げています。

  1. 読者との共通言語の整備
     – 本サイトでは、「用語辞典」ページを設け、重要なキーワードや概念を定義付きで整理します。例えば「仕様」「設計」「実装」「検証」「完成」「理解」など、コミュニケーションで曖昧になりがちな言葉を明文化します。
  2. AI活用精度の向上支援
     – 「AI活用ガイド」では、プロンプト設計時の言葉の定義(前提条件)を明示するテンプレートを提供し、AIと人間の前提ギャップを埋めるための技術的・運用的アドバイスを紹介します。
  3. ソフトウェア開発における品質・効率の向上支援
     – 開発現場では、言葉のズレが品質低下や手戻り、遅延を招きがちです。本サイトでは「用語統一から始める開発プロセス改善」のためのチェックリストやワークショップ素材を提供し、言葉の統一が成果に直結することを読者に提示します。

つまり、このサイトは「言葉をちゃんと揃えることが、知能(AI)とも、人と人とも、協働を成立させる鍵である」という考えに基づいて、用語の整備・AIとの連携・ソフトウェア開発の三軸で、実践的な支援を行っていきます。

言葉の統一こそ、未来の知能と協働の鍵

言葉を丁寧に扱うことは、実は思考と社会の基盤を整えることです。AIとの対話であれ、チーム内の協働であれ、定義のズレがある言葉を使い続ける限り、私たちは見えない迷路(AIがたどり着けなかった“堂々巡り”と同じような迷路)をさまようことになります。
今回取り上げたCP/M-86の事例は、AIとのやりとりにおける“言葉のズレ“を象徴的に提示してくれました。そして、この同じ課題が私たち人間同士のコミュニケーション構造にも根ざしているのです。
「言葉の統一」は、単なるスローガンではなく、未来の知能と協働を成立させるための実践的な基盤です。ぜひ、今この瞬間から“定義を揃える”という小さな習慣を、あなたのチーム・あなたのプロジェクトに取り入れてみてください。そこから、新たな知能と協働の地平が開けるはずです。


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