速くなった、という確信
私たちはいつから、
「ストレージは速くなった」と疑わなくなったのだろう。
HDDからSSDへ。
OSの起動は明らかに短くなり、
アプリケーションは即座に立ち上がる。
ファイル検索やコピーも、
体感できるほど速くなった。
ベンチマークの数値を見れば、
その差はさらに明白だ。
SSD化は成功した。
少なくとも、多くの人がそう感じている。
いまや「遅いならSSDにすればいい」という言葉は、
何の違和感もなく使われている。
速くなった、という認識は、
すでに前提条件になっている。

使い続けたあとに現れる、あの感覚
ところが、しばらく使い続けていると、
多くの人が似たような違和感を口にする。
「最近、少し重い気がする」
「前はもっとキビキビしていた」
再起動すると、一時的に戻る。
初期化すれば、確かに速くなる。
だが、しばらくすると、
また同じ感覚が戻ってくる。
この現象は、もはや珍しいものではない。
それでも私たちは、
深く考えないまま受け入れてきた。

重くなる理由として語られてきたもの
遅くなった理由はいくつも語られてきた。
データが増えたから。
設定が複雑になったから。
そして、もっとも納得しやすい説明がこうだ。
「アップデートで機能が増えたから」
確かに、アップデートのたびに
新しい機能が追加され、
画面は華やかになり、
内部処理も増えていく。
それなら、多少重くなるのは仕方がない。
多くの人が、そう考えている。
本当に増えたのは「機能」なのか
だが、ここで一度立ち止まってみたい。
アップデートとは、
実際には何をしている行為なのだろう。
大量のファイルが書き換えられ、
差分や履歴が保存され、
ロールバックのための情報が積み重なっていく。
ログやキャッシュも増え続ける。
アップデートとは、
極めて書き込みの多い作業だ。
機能が増えたことによる負荷は、確かに存在する。
しかし、その裏で起きている
「書き換えられた量」は、
どれほど意識されてきただろうか。
「速さ」は、何を測っているのか
ストレージの速さは、
多くの場合、数値で語られる。
シーケンシャルリード。
ランダムアクセス。
IOPS。
それらは確かに重要だ。
だが、そこで測られているのは
ある瞬間の性能でしかない。
時間の経過は考慮されているだろうか。
使い方の違いは反映されているだろうか。
書き込みが積み重なったあとの状態は、
どこまで想定されているのだろう。
速さとは、
初速のことなのか。
それとも、
使い続けた先まで含めた性質なのか。
過去の常識が、いまも残っている
かつて、性能低下の代名詞だったものがある。
断片化だ。
HDDの時代、
データが物理的に散らばることは、
確かに速度低下の大きな原因だった。
だが、少なくともSSDにおいて、
それが支配的な要因であった時代は
すでに終わっている。
それでもなお、
私たちは説明しやすい物語を
手放せずにいる。

本当に、そうなのか
データが増えたから、遅くなった。
本当にそうなのか。
アップデートで機能が増えたから、重くなった。
本当にそうなのか。
古くなったから、仕方がない。
環境が汚れたから、仕方がない。
本当に、そうなのか。
私たちは、
何が起きているのかを理解した上で
「遅くなった」と言っているのだろうか。
それとも、
もっと見えにくい原因から
目をそらしているだけなのだろうか。